日本にもリーダシップを育てる伝統はあるよね、薩摩藩とか
日本人の個人のスペックの高さがリーダーシップを奪っているんだと思う。最近、コリン・パウエルの本を読んでいて、ふとそんな感じを抱いた。
日本人の場合、一人ひとりの探究心というかプロフェッショナリズムが高くて(特に今の40代後半以上は)リーダなんて居なくてもそれなりに機能しちゃうんだよね。だからリーダは得てしてお飾りか、雑用係のような立ち位置や仕事になりがち。
さらにはリーダになるのが能力じゃなく出身大学とか企業名とかいうブランドみたいなものが優先されて決まるところがあるから、余計にお飾りになる傾向があるように思う。
不幸なことは今の30代より若いと、如何に手を抜いて人に仕事を振るか、それで手柄だけは自分のものにするか、に長けた人物が要領よく上に立つ流れがあるように見える。
日本にもリーダーシップというのは昔からあったのだけど、今は変な方に歪んでいる気がする。時代背景もあったのだろうけど、そろそろ是正していきたいね。